縄田 紀夫

離散幾何学講座

Nawata Norio

大規模数理学講座

准教授 縄田 紀夫 Nawata Norio

離散幾何学講座 縄田 紀夫
1984年に山口県で生まれ、佐賀県鳥栖市で育つ。九州大学理学部数学科に入学、九州大学大学院数理学府に進学し、2011年に博士号を取得。九州大学マス・フォア・インダストリ研究所でGCOE海外派遣研究員、千葉大学で学振PD、大阪教育大学で講師を務めた後、2020年に大阪大学大学院情報科学研究科に着任。専門は作用素環論、特にC\(^*\)-環について研究している。

1. 研究分野について

私の専門分野は作用素環論です。大雑把に言うと、作用素環とは\(\infty\times \infty\)行列のなす環です。
Hilbert空間上の作用素論、群のユニタリ表現論、量子力学の数学的定式化、(有限基底を持たないような)抽象代数学の理論などへの応用を念頭にMurrayとvon Neumannによって1930年ごろから創始された(数学としては比較的に新しい)分野ですが、作用素環自体も魅力的な数学的対象であることがわかり、活発に研究されています。作用素環論のキーワードは「非可換」と「無限次元」です。
近似や完備性等の解析的な議論が証明の根幹にあることから、作用素環論は解析学に分類されています。ただし、現在では、代数学、幾何学、確率論を含む様々な分野の数学や物理学と関連して発展しています。以下ではもう少し詳しく作用素環論について解説したいと思います。

<作用素環>

作用素環は\(\infty\times \infty\)行列のなす環と言いましたが、もう少しちゃんと述べると、Hilbert空間上の有界線形作用素全体のなす環の\(*\)-部分環(\(*\)とは共役作用素を取る演算のこと)で適切な位相で閉じたものです。閉じている位相の違いによって、von Neumann環とC\(^*\)-環の\(2\)種類に大きく分けることができます。
この2種類の作用素環の違いを簡単に表にまとめると、以下のようになります。

環の種類 閉じた位相 可換な例 特徴M/th>
von Neumann環 弱作用素位相 \(L^{\infty}(X)\qquad\qquad\) \(X:\)測度空間 関数解析の手法(スペクトル分解など)が自由に使える
C\(^*\)-環 作用素ノルム位相 \(C(X)\qquad\qquad\) \(X:\)位相空間 関数解析の手法(スペクトル分解など)を使う時に注意を要する

もちろん、作用素ノルム位相は弱作用素位相よりも強いので、von Neumann環はC\(^*\)-環にもなりますが、
C\(^*\)-環として研究したい対象ではありません。別の言い方をすると、可換な例から、対外的なスローガンとして、
\[
\text{von Neumann環の研究} \; = \; \text{非可換測度論} \qquad
\textrm{C}^*\text{-環の研究}\; = \; \text{非可換トポロジー}
\]
と言われることも多いです。
このスローガンが研究の本質をついているわけではないのですが、von Neumann環とC\(^*\)-環の研究手法が異なることを想像することはできると思います。ただし、von Neumann環の理論の類似をC\(^*\)-環で考えることによって成功した理論が多くあります。また、C\(^*\)-環の理論でvon Neumann環の研究に役に立ったものもあって互いに影響を与えながら研究されています。
ちなみに、有限次元の作用素環は行列環の直和
\[
M_{n_1}(\mathbb{C})\oplus M_{n_2}(\mathbb{C})\oplus \cdots \oplus M_{n_k}(\mathbb{C})
\]
に同型になります。(有限次元の場合は上で述べた位相は同値になるので、C\(^*\)-環とvon Neumann環は同じクラスになります。)
無限次元で考えると、こういった環や関数のなす環と本質的に違う性質を持った興味深い作用素環がたくさん存在することがわかっています。
一例を挙げると、II\(_1\)型因子環と呼ばれるクラスのvon Neumann環があります。II\(_1\)型因子環はただ一つのトレイス状態を持った無限次元von Neumann環としても特徴づけられますが、
「連続次元」とも言うべき性質を持っています。トレイス状態\(\tau\)とは、行列のトレイス\(\mathrm{Tr}\)を一般化したものですが、\(\tau (ab)=\tau (ba)\)および\(\tau (1)=1\)という性質を持った有界線型汎関数のことです。\(P\)が射影行列のとき、\(\mathrm{Tr}(P)\)の値は行列\(P\)の階数(像の次元)と一致します。\(M\)がII\(_1\)型因子環のとき、
\[
\{\tau (p) \; |\; p\in M :\text{射影作用素}\}=[0,1]
\]
と連続的な値をとります。この性質が「連続次元」とも言うべき性質です。具体的には、単位元以外の任意の元の共役類が無限集合になるような離散群(e.g. 無限対称群、非可換自由群)の左正則表現から生成されるvon Neumann環はすべてII\(_1\)型因子環になります。こういった興味深い非可換無限次元代数の性質を研究するのが作用素環論の主題です。

<作用素環論で課題となること>

作用素環論において最も基本的な問題は
\[
\text{違う作り方をした二つの環がいつ同型になるか?}
\]
というものです。この問題に関連して、同型と非同型を判定するための不変量を研究することが一つの課題になります。もちろん、すべての作用素環を完全分類するというのは現実的でありません。
実際、すべてのC\(^*\)-環の分類はすべての局所コンパクトハウスドルフ空間の(同相による)分類を含みます。また、離散群の左正則表現から生成されるII\(_1\)型因子環に限っても完全分類することは期待されていません。十分な非可換性がある作用素環、良い近似性を持つ作用素環、自然に表れて興味深い作用素環などの分類が考えられています。また、興味深い作用素環の例を作ることも重要な課題です。

他の研究課題として、
\[
\text{作用素環の対称性の研究(自己同型や作用素環への群作用の研究)}
\]
も活発に行われています。数学的対象があったとき、その対称性を探りたいというのは自然なことだと思います。また、作用素環を用いた場の量子論や量子統計力学の研究からも、作用素環の対称性を研究することは大切な課題の一つであることがわかっています。

<他分野との関連>

上では作用素環論内部の課題に関してだけ言及しましたが、様々な分野の数学や物理学と関連して様々なことが研究されています。
Atiyah-Singerの指数定理の一般化等を含むConnesの非可換幾何学やJones多項式を起源とした量子不変量を通した低次元トポロジーとの関連は有名ですが、他にも作用素環の具体的な構成法を通して様々な分野と関連しています。特に、力学系のエルゴード理論とは、Murray-von Neumannによる群測度構成法以来、密接な関係があります。C\(^*\)-環のカテゴリーで考えると、この関係は位相力学系との間の関係になりますが、C\(^*\)-環の不変量を基に位相力学系の(軌道同型や位相共役に関する)不変量が導入されるなど活発に関連して研究されています。

2. 私が研究してきたこと

作用素環論について大雑把に解説しましたが、具体的に私がどのようなことを勉強・研究してきたかについて簡単に説明したいと思います。学部生が主なターゲットだと思いますので、セミナー配属の話から始めたいと思います。

<修士まで>

私が在学していた大学では、3年生の後期からセミナーに配属されることになっていました。
私はその配属で、綿谷安男先生に師事しました。綿谷先生のもとで博士の学位を取ることになるのですが、今考えると、大阪との接点はこのときから始まったと思えます。(綿谷先生は大阪出身で数学の講演やセミナーも関西弁でされています。)
学部生のときのセミナーでは、関数解析学の本

\(\bullet\) M. Schechter, 「Principles of Functional Analysis」 Graduate Studies in Mathematics 36, AMS, 2002.
\(\bullet\) 日合文雄・柳研二郎、「ヒルベルト空間と線型作用素」 牧野書店、1995.

を輪読しました。
大学院に入ってから、本格的に作用素環論を学んだのですが、セミナーで輪読した本は

\(\bullet\) B. Blackadar, 「Operator Algebras」 Springer-Verlag, Berlin, 2006.

です。

ちょうど私が大学院に進学したときに出版された本でいくつかの候補の中から深く考えずに選んだのですが、セミナー向けの本ではなく、辞書のような本で大変苦労しました。証明は省略されていることも多く、他の本で調べたり自分で考えたりする必要がありました。また、作用素環論で最も基本的なGNS構成法が出てくる前に(射影作用素よりも一般の)正作用素の比較理論やPedersenイデアルという作用素環論でも一部の研究者しか使わないような対象が出てくるなど、本当に辞書でした。ただし、(今になって考えると)自分で調べたり考えたりすることができてとても力がついた思います。また、正作用素の比較理論やPedersenイデアルは後の私の研究で大変役に立つ道具になったので、将来何が役に立つかはわからないものなんだなと実感しています。
C\(^*\)-環の抽象的な理論とHilbert加群をBlackadarの本で学んだ後は

\(\bullet\) K. R. Davidson, \(\mathrm{C}^*\)-Algebras by Example, Fields Institute Monographs 6, AMS, 1996.

等でC\(^*\)-環の興味深い具体例を学びながらBlackadarの本を所々選んで読むという感じでした。その過程で学んだ(非可換トーラスとも呼ばれる)無理数回転環というC\(^*\)-環に興味を持ち、MathscinetやarXivで無理数回転環に関する論文を検索するなどして、修士論文のテーマを見つけることができました。
修士論文は、無理数回転環の特別な部分環の性質と初等整数論の実2次体の関連を考えたというものです。これは小高氏による無理数回転環の部分環の研究をほんのちょっとだけ一般化しただけです。

<博士のとき>

博士課程に進学したのですが、これからの研究テーマに行き詰ってしまいました。そんなとき、綿谷先生から、「II\(_1\)型因子環の不変量である基本群をC\(^*\)-環に導入して研究してみないか」と言われました。私が修士論文でやったことも本質的に基本群に関係しており、私にとってはこの上ないアドバイスでした。この提案がなかったら、私は数学の研究を続けていなかったと思います。II\(_1\)型因子環の基本群はMurrayとvon Neumannによって定義されたものですが、作用素環のある種の自己相似性を測っている不変量です。綿谷先生と共同で、単位元と唯一つのトレイス状態を持つ単純C\(^*\)-環に基本群を定義していくつかの研究成果を得ることができました。

綿谷先生との共同研究が一段落した後、(単純) stably projectionless C\(^*\)-環という対象に興味を持ちました。
Stably projectionless C\(^*\)-環とは、任意の行列環とテンソル積をとっても零作用素以外に射影作用素を持たないC\(^*\)-環のことです。特に、stably projectionless C\(^*\)-環は単位元を持ちません。岸本とKumjianの仕事から、stably projectionless C\(^*\)-環はC\(^*\)-環上の\(\mathbb{R}\)作用の研究と関連して重要な対象であると私は考えています。
私は基本群を単純 stably projectionless C\(^*\)-環に対しても導入しました。上で述べた修士の頃に学んだことが役に立って、基礎的な研究成果を得ることができました。また、単位元を持った可分C\(^*\)-環の基本群は可算群になる一方で、可分 stably projectionless C\(^*\)-環で基本群が\(\mathbb{R}_{+}^\times\)(非可算群)になるものが存在することもわかりました。この結果自体は岸本とKumjianの仕事から想像できたことなのですが、stably projectionless C\(^*\)-環が本質的に違う興味深い性質を持っているという一例です。これらの基本群の結果をまとめたものが私の博士論文です。

<ポスドクのとき>

2011年の3月に博士の学位を取得したのですが、どこにも就職することができないで予備校のチューター等のアルバイトをして生活することになりました。
九州で暮らしていたので直接被災したというわけではないのですが、東日本大震災もその頃に発生して何とも言えない不安を感じたことを覚えています。ただし、数学に関してはやるべき課題もあって順調に研究できていました。そういった生活を3ヵ月間してから、大変恵まれたことに、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所のGCOE海外派遣研究員に採用してもらい、海外の大学・研究所に半年間滞在して研究させてもらえる機会を頂きました。

私は核型C\(^*\)-環の分類理論を提唱したGeorge Elliott先生が在籍しているトロント大学(カナダ)のフィールズ研究所に滞在しました。そこでは、毎週2回作用素環セミナーが開催されていました。私は英語が不得手なので、そのセミナーではとんちんかんな受け答えをするなど多くの失敗をしました。ただし、(何か重要なアイデアを得たなど具体的なことがあったわけではないのですが、)フィールズ研究所での滞在の経験が私を変えたというか、その後数学を研究する上で一番大きかったと思います。


フィールズ研究所に長期滞在するともらえるマグカップ

フィールズ研究所滞在後は学振PDに採用され、千葉大学の松井宏樹先生のもとで研究が続けられることになりました。とても運がよかったことに、松井先生は佐藤氏との共同研究で核型C\(^*\)-環の分類理論のブレイクスルーとなる結果を次々と出されているときでした。その研究で使われている技術を松井先生から直接学ぶことができ、stably projectionless C\(^*\)-環の研究に生かすことができました。松井先生から学んだ技術は私の最近の研究でも核になる技術になっています。\(\mathcal{W}\)と呼ばれる興味深い単純C\(^*\)-環 stably projectionless C\(^*\)-環があります。(私は勝手にRazak-Jacelon環と呼んでいます。)
\(\mathcal{W}\)はCuntz環\(\mathcal{O}_2\)という興味深いC\(^*\)-環と関連して、\(0\)のように振舞うC\(^*\)-環と考えられています。また、射影作用素をまったく持たないにもかかわらず、(超有限)II\(_1\)型因子環と最も似た性質をもつC\(^*\)-環だと私は考えています。\(\mathcal{W}\)の自己同型や有限群作用の分類を課題のひとつとして研究していましたが、
ポスドク時代は部分的な結果しか得ることができませんでした。

<大阪教育大学および大阪大学で>

2014年4月に大阪教育大学の講師に採用されて、大阪に来ました。
大阪教育大学は伝統的に作用素環論の研究者が多く在籍しており、(定年退職された先生方も参加される)
作用素環セミナーが講義期間中は毎週開催されています。大阪教育大学在籍3年目
\( \mathcal{W}\otimes\mathbb{K} \)のトレイススケーリング自己同型を(外部共役によって)完全分類する
ことができました。この分類は超有限II\(_\infty\)型因子環に対するConnesの結果の完全な類似となっています。
特に, \(\mathcal{W}\)が超有限II$_1$型因子環と類似的な性質を持つことの一例とみなすこともできます。
(教育大学の)雑務に追われて研究が滞った後の成果ということもあり、この結果を得たときはとても嬉しかったです。

2020年4月に大阪大学に着任しました。コロナ禍で日常が一変しましたが、 恵まれた研究環境で自分なりに
満足する研究成果をいくつか得ることができています。 特に、\(\mathcal{W}\)への可算離散従順群作用の
Kirchberg-Phillips型吸収定理を得ることができました。
この定理は\(\mathcal{W}\)が群作用に関しても\(0\)のように振舞うことを示していて興味深いです。

3. 大学院進学を希望されている方へ

作用素環論は必要な知識が多く抽象的過ぎると言われることも多いですが、
私は魅力的な分野だと思っています。
上の説明ではあまり述べることができませんでしたが、他分野とも深く関連して発展しているので、自分の
興味に沿って勉強・研究していくこともできます。また、情報科学と少し関連する題材もあるようです。
例えば、(無限次元ではなく有限次元ですが) 行列解析を通した量子情報理論との関連などです。
作用素環論を広い意味で捉えて、意欲ある学生の方とセミナーなどを通して一緒に勉強・研究
していきたいと思っています。

略歴

  • 2020年 大阪大学大学院 情報科学研究科 准教授

連絡先

  • E-mail : nawata@ist.
  • Tel : 吹5897 (06-6105-XXXX)

4ケタの電話番号は、大阪大学での内線番号です。
メールアドレスは、末尾の”osaka-u.ac.jp”が省略されていますので、送信前に”osaka-u.ac.jp”を付加してください。

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