有木 進

離散構造学講座

Ariki Susumu

離散構造学講座

教授 有木 進 Ariki Susumu

離散構造学講座 有木 進1959年山口県下関市に生まれる。東京育ち。
現在の東京海洋大学海洋工学部流通情報工学科に13年間、京都大学数理解析研究所に8年間勤めた後、2010年より現職。
2003年日本数学会秋季賞受賞。
東京の家族のもとにほぼ毎週帰っている。

私の好きな数学・私の研究室の目指すもの

私は表現論を専門にしています.表現論は代数・幾何・解析を横断する総合的な分野ですが,その中でも私はとくに代数的な分野を中心に研究しています.どういう研究をしてきたかはあとで触れますが,ここでは私がこうありたいと願う数学のスタイルを述べておきましょう.まず結果はわかりやすいことが一番です.学部生でも何が成り立っているかを理解できるような定理を理想としています.実際,シンプルでロバストなのがベストという価値観のもと,工学系の研究者は日夜おもしろい定理を作っています.

たとえば今野浩著「工学部ヒラノ教授」の131頁では次のような言葉が紹介されています.

東京大学工学部30年ぶりの秀才と呼ばれた森口教授は言っていた。「組合せ最適化の論文を見ると、第1ページにはユークリッド幾何学でいう、点と線の定義みたいなものが書いてあるかと思ったら、2ページ目にあっと驚くような定理が出てくる。しかもその証明は驚くほど簡単なんだよ」と。

この工学系の価値観を大いにリスペクトしていますが,私の目標とするのは少し方向性が違い,わかりやすい定理であっても証明するには最先端の数学の成果を駆使しないと手も足も出ないというのが理想です.実際,この種の専門性がないと理学系数学者の存在意義がないですよね.研究テーマに理学系・工学系のこだわりはありませんし,情報科学との境界領域を開拓する努力もしていますが,表現論の発展に貢献できる題材を研究するのがミッションだと思っています.というのも,私の研究室は正田健次郎が1933年に創始した代数学の講座(中山正が1935年から1941年まで所属していたことは特筆すべきでしょう)が発展していく中で永尾汎,川中宜明と表現論研究者が教授職を引き継いできた研究室だからです.正田先生は私の高校時代の学園長であり中山正も高校の大先輩なので不思議な縁を感じています.

私の研究テーマ

「Lie理論(代数群・量子群等)に現れる有限次元代数の表現論」を研究しています。

例えばHecke代数などが代表的な例です。有限次元半単純Hecke代数の表現論はLie型有限群の既約表現の構成や結び目の不変量の構成への応用が古典的で、またLusztig のcell理論という深い理論が存在しますが、私の興味はHecke代数が半単純でない場合―モジュラー表現論―にあります。この分野は1980年代終わりになってRichard Dipper、Gordon Jamesにより創始され、1990年代に私やMeinolf Geck、Andrew Mathasの3人を中心にして研究が大きく進展しました。3人はそれぞれの貢献をしているのですが、私は可解格子模型の表現論と量子群の標準基底の理論をHecke代数のモジュラー表現論に応用することに成功した仕事が出世作となりました。この仕事の結果、今はFock空間や柏原クリスタルという可解格子模型の世界で生まれた概念がHecke代数のモジュラー表現論においても標準言語となっています。

私の理論は複素鏡映群に付随したHecke代数に一般化して考えるのが自然で、この方向に一般化した結果がいろいろあります。世の中には特殊関数論、楕円曲線論等の特殊な対象を扱う分野だけれど巨大な分野に育った分野がいくつかあります。Hecke代数のモジュラー表現論もそのような分野に育ちつつあるといえると思います。2000年代に入り、ChuangとRouquierの圏化理論とRouquierによる一般化、KhovanovとLauda、VaragnoloとVasserot、Kangと柏原の研究などが次々と現れ、複素鏡映群に付随したHecke代数の理論は現在箙 Hecke代数の理論へと発展しています。私も急速な発展に追いていかれないように少しずつ論文を書いています。ここしばらくはArtin代数の理論を応用することが多かったですが、James予想の反例が現れるなどの近年の情勢から必要とする数学がまた少し変わりつつあります。また、Brauer Graph 代数の表現論の最近の進展も役に立っています。

実は私の理論の昔の部分については下記の文献で紹介されています。

  • (ⅰ)Andrew Mathas著
    Iwahori-Hecke algebras and Schur algebras of the symmetric group, University course Series, 15. American Mathematical Society, 1999.
  • (ⅱ)Meinolf Geck, Nicolas Jacon著
    Representations of Hecke Algebras at roots of unity, Algebras and Applications, 15. Springer, 2011.

(ⅰ)は基礎的なところから始め、後半で私の理論の紹介をしてくれています。(ⅱ)の方が新しいですが、こちらは彼らの研究をまとめたもので裏表紙には次のような宣伝文があります。

The main results of this book are obtained by an interaction of several branches of mathematics, namely the theory of Fock spaces for quantum affine Lie algebras and Ariki's theorem, the combinatorics of crystal bases, the theory of Kazhdan-Lusztig bases and cells, and computational methods.

以上自分の研究の紹介をしてきましたが、せっかく情報科学研究科に所属しているので情報科学に関係する研究もできればと思っており、ここ数年はGeometric Complexity Theoryの研究も under table で行っています。

大学院での指導

大学院ではセミナーでの発表が基本になります。学生のレベルにあわせ指導します。

大学院の講義では種々のテーマの表現論を講義しますので、これらの講義を受講することでも表現論の基礎に触れることができますが、大学院ではもっと積極的な自習も期待します。大学院に合格した学生の求めに応じて入学前の秋学期からセミナーをすることもあります。入学後の大体のスケジュールですが、

  • (ⅰ) 修士一年でテキスト1~2冊を読む。
  • (ⅱ) 修士一年冬までにやりたいテーマを絞り込む。
  • (ⅲ) その後は修士論文のテーマに関連する論文を紹介しつつ計算をする。
  • (ⅳ) 夏休みまでにはある程度の結果を得る。
  • ⅴ) 修士二年後半で修士論文を作成する。

が目安となります。もちろん学生によっては修士一年の段階から論文紹介や自分の研究を始めることもあるでしょう。大学院は個別指導が基本ですから学生セミナーを基本とした丁寧なマンツーマンの教育が受けられます。

大学院での講義風景

修士論文作成は単なるレポートの提出とは異なります.きちんとした文章を書けないと何度も何度も教員から突き返されることになりますし,毎回教員の指摘したところのみを修正するだけで自ら間違いを発見できないことが続くと,最悪の場合は修士号を取らずに退学して就職することも勧告されるかもしれません.既知の理論を勉強して終わり,ではなく勉強した理論を使って今まで誰も計算していなかった例を新しく計算するとか,新しい定理を証明するとか,何かしらの新しいことをやるために頭を酷使して努力しなければならないことを入学時から意識しておきましょう.

阪大の学生ですから,一部の人は研究者になれるだけの才能があります.それがあなたであるかどうかはわかりませんが,あなたかもしれません.大学教員の甘い言葉に騙されてはいけませんが人生を棒に振らないように周到に準備をしながらチャレンジしてみるのも若者の特権でしょう.気持ちがあれば博士後期課程も目指してみましょう.

日本における我々の分野の研究活動

ALTReT(代数的Lie理論と量子群の表現論研究集会)が毎年春に行われます.研究集会に参加できるようになると表現論を研究している他大学の大学院生とも知り合いになり世界がぐっと広がります.皆さんの先輩になる有木研究室の博士後期課程学生も発表します.関西では他にも多くの研究集会が行われ,いくつかは若手向きですから,参加することにより数学研究の一端を覗くことができます.また、京都大学数理解析研究所では京都表現論セミナーを定期的に開催しています.

私の教育者としての経験

私は高校のときの友達の母親が始めた東京板橋の個人塾、東京郊外中心に展開していた(もうつぶれてしまった)弱小予備校の講師、家庭教師、高校の非常勤教員、などをまず経験し、その後大手予備校の講師や各種模擬試験作成チームのメンバー、また数理に特化した塾の講師などを経験したのち就職しました。大学に就職した当初は常勤になったのに収入が減ってしまい慌てました。これらの教育経験の中で学んだことは多々ありますが、とくに印象に残っているのは大手予備校の模擬試験作成会議です。かならず夕方に始まり、10時過ぎに終わったあとはかならず飲み会に突入、帰れなくなって始発で帰宅、というのがお決まりのコースでした。濃密な人間関係の中でいろいろな話を聞けてとてもよかった。世の中には学生時代に素晴らしい環境に恵まれて数学者になる方もいるようですが、当時の私が置かれていた状況では模試の問題を作成するのが自らの独創性を鍛える唯一の方法であったのも深く予備校に関与していた理由です。同世代も皆60歳代になり数学者としての評価も定まりつつあります。今振り返ってみても、私の他者への評価や予備校での業務を通じてしか自らの独創性を涵養する方法はないという判断は正しかったと思っていますが、とにかく苦しい時期でした。先の見えない中で自費でいろいろ自分に投資して勉強を続けた中で最後には飛躍するチャンスが訪れたように思います。自分の経験から今学生に言えることがあるとしたら、20歳代は自分に投資する時期だということです。

予備校の講義はかならず授業アンケートがあるので不満の割合を10%以下にするために努力する中で講義の仕方も鍛えられました。当時の時給はとても良かったです。びっくりもしましたが、だいぶん飲み会で消費されてしまいました。大学の非常勤講師もいろいろなレベルで経験しました。研究所生活も経験しました。自分の売りはありとあらゆるレベルの学生・ありとあらゆるレベルの大学で教えた経験を持っていることだと思っています。もし失業したらその辺を一生懸命アピールしたいですね。ちなみに、2010年度の納税書類には東京大学・京都大学・大阪大学の3か所からの給与が記載されています。2010年3月まで京都大学にいたから京都大学の給与、4月から大阪大学だから大阪大学の給与、そして、偶然ですがその年度に東京大学で集中講義をやったので東京大学の給与、というわけです。珍しいし、2度とないことと思うので大事に持っています。これは旧帝大系の大学ですが、最初の勤務校での卒論指導や各種の講義の担当からも多くを学びました。学生の能力に差はあるようでそんなにはない、では差がないのかというとそれなりにある、というのが実感です。才能が自分より上の人が努力を続けていると追い抜くのは難しいですが、そうでない人を追い抜くのは可能です。実際、最初の勤務校の学生から、俺たちと東大生はどれくらい違うのか、と聞かれたことがあります。私の返事は、その東大生が無能だったら蹴落とせ、でも有能でしかも努力している奴だったら逆に守ってやれ、というものでした。皆さんはこの返事をどう感じるでしょうか。

ここまでの文章を読んでわかったことと思いますが、教育論・人生論は大好きです。

京セラの稲盛さんの人生にも感銘を受けたりします。ですので、数学の高校教員になろうと思う学生、教育論で熱くなれる学生も歓迎します。まあ議論しなくたっていいのですが。もしご縁があったら一緒に数学をやりましょう。

  • CONTEMPORARY MATHEMATICS 2010年開催の国際研究集会の報告集。
編集委員長を務めた。
    [CONTEMPORARY MATHEMATICS]
  • Ar-1型量子軍の表現論と組み合わせ論 最初に書いた本。英語版もあります。
    [Ar-1型量子群の表現論と組み合わせ論]

略歴

  • 1989年4月 現東京海洋大学 海洋工学部 流通情報工学科
  • 2002年4月 京都大学 数理解析研究所
  • 2010年4月 大阪大学教授
  • 2023年3月 大阪大学名誉教授
  • 2003年度 日本数学会秋季賞 受賞
  • 2011年度より 日本数学会代数学分科会 運営委員(2023年2月まで)

連絡先

4ケタの電話番号は、大阪大学での内線番号です。豊と表記されたものは(市外局番 06)6850、吹と表記されたものは(市外局番 06)6879 に続けてダイアルすることで大阪大学外からもダイアルインでかけることができます。 ただし,吹(内線)と表記されたものは,大代表(06)6879-5111にかけてください
メールアドレスは、末尾の"osaka-u.ac.jp"が省略されていますので、送信前に"osaka-u.ac.jp"を付加してください。

ページのトップへ戻る