三町 勝久

大規模数理学講座

Mimachi Katsuhisa

大規模数理学講座

教授 三町 勝久 Mimachi Katsuhisa

大規模数理学講座 三町 勝久11961年東京都に生まれる。
1988年名古屋大学大学院理学研究科博士課程前期課程修了、同年名古屋大学理学部数学科助手、1992年九州大学理学部数学科助教授、2000年東京工業大学大学院理工学研究科数学専攻教授。
そして、2014年大阪大学大学院情報科学研究科情報基礎数学専攻教授。
専門は複素解析的微分方程式、複素積分と表現論、数理物理。

理工学諸分野で現れる幾つかの素性の良い函数は、他の凡庸な函数と比較して特殊な地位を占めるという意味で、特殊函数といわれます。その最も基本的な例としてガウスの超幾何函数は有名です。

わたしの研究は、特殊函数の現代的な視点からの研究、特に複素積分と表現論からのアプローチです。この研究は、量子群、ヘッケ代数、無限次元リー代数など新しい代数系の表現論や、複素解析的微分方程式論、位相幾何学、代数幾何学、複素積分の理論、そして、共形場理論、可解格子模型、ランダム行列理論などの数理物理学の諸分野に至るまで、幅広い知見を縦横に駆使して行う、全く現代的なものです。

特殊函数というと、犬井鉄郎先生の「特殊函数」(岩波全書、1962年)という名著があります。この本をみると、ガンマ函数、ベータ函数、ガウスの超幾何函数、ヤコビ多項式やルジャンドル函数やエルミート多項式といった直交多項式、そして、ベッセル函数などという、人の名を冠したさまざまな函数が登場し、それらを、複素函数論を土台にした積分表示式、複素解析的微分方程式、母函数、昇降演算子を使って調べていることが分かります。この本は、いわば、特殊函数の古典的な扱い方をきちんとまとめたものであって、特殊函数を利用する物理、化学、工学諸分野の関係者への便宜を図っているものです。

たとえば、量子力学の教科書を開いてみましょう。すると、調和振動子の波動函数を表示するためにエルミート多項式が用いられてますし、水素原子の中の電子の波動函数にはラゲール多項式が用いられています。このように、何らかの物理量を具体的に表そうという場合には犬井先生の本に登場するさまざまな特殊函数が必要になります。そして、特殊函数を必要とする場面は、何も物理、化学、工学諸分野への応用を考えるまでもなく、数学のあらゆる分野においても現れます。解析学、幾何学、そして、代数学でも。

ところで、犬井先生の本で説明されている函数は、基本的には、一変数の函数です。

  • 「微分積分講義」(日本評論社): 東工大の工学部の先生方とやりとりしながら、今までに無いタイプの教科書を作りました。

    「微分積分講義」(日本評論社): 東工大の工学部の先生方とやりとりしながら、今までに無いタイプの教科書を作りました。
  • 「群論の進化」(堀田良之、渡辺敬一、庄司俊 明、三町勝久著、朝倉書店、2004年): 第4章「ダイソンからマクドナ ルドまで-マクドナルド 多項式入門-」を担当しました。

    「群論の進化」(堀田良之、渡辺敬一、庄司俊 明、三町勝久著、朝倉書店、2004年): 第4章「ダイソンからマクドナ ルドまで-マクドナルド 多項式入門」を担当しました。

ですから、多変数の特殊函数というものは、どうなっているのかということが自然な疑問です。実際、一変数の特殊函数の性質の多くが明らかにされた19世紀の後半には、多変数の特殊函数の研究が始まっています。その代表的なものとして知られているのは、19世紀から20世紀初頭にかけてのアッペルの2変数超幾何函数の研究とそれを自然に拡張したローリッツェラの多変数超幾何函数の研究でしょう。

しかし、アッペルやローリッツェラの研究に続く研究は、どうもうまくいくものがなく、その後、尻すぼみになってしまいました。多変数の特殊函数を扱う指導原理が欠落していたことと、一変数の特殊函数のときのように多変数の特殊函数が自然に登場する場面が特定できておらず、無理やり、数学的道具や数学的枠組みだけから、研究を進めようという態度が、うまくなかったのだと思います。簡単にいえば、多変数の特殊函数を議論できるほど、数学が発展してなかったということでしょう。

18世紀から19世紀にかけて、オイラー、ヤコビ、ガウスが創始し、20世紀のラマヌジャンが発展させた数学に「q 解析」があります。そこでは、五角数定理のような無限和=無限積の形の q 級数にまつわる恒等式など、数学の宝が山のようにあります。そして、q 解析の一部分を成している話題として q 類似という概念があります。q 類似とは、ある数学的対象のパラメタ q を含む拡張であって、q を1に特殊化すると、元の数学的対象に戻るというものです。たとえば、犬井先生の本に登場する特殊函数の多くには q 類似があります。

しかし、q を1にすれば元に戻るという条件での拡張なら、いくらだって作れます。ところが、それなりの意味で、うまい性質をもつものは一通りしかなさそうだということが分かってきていて、ならば、それは何故かという問題意識が、20世紀後半に醸成されました。そのようなときに突如現れたのが量子群という概念で、1980代中頃、神保道夫先生とDrinfeld先生が可積分系模型を代数的に理解したいという問題意識から、そして、Woronowicz先生が非可換幾何学のモデルを一つでも作りたいという問題意識から、発見されたものです。ここで、量子群とひとことでいいましたが、神保・Drinfeldが発見したものは、いわば、リー代数の(正確にはその包絡代数というものですが、ここでは、そんなことは気にしないことにしましょう)q 類似であり、Woronowiczの発見したものはリー群の q 類似であって、お互いに背中合わせの関係(双対性といいます)にあるものでした。

犬井先生の本に登場するさまざまな直交多項式は、実は、20世紀初頭からの研究により、リー群の球函数というものとして捉えられるということが分かっていましたので、ここで、量子群の球函数として直交多項式の q 類似が捉えられるか否やという基本的な問題が浮かび上がりました。球函数とは、リー群の対称性をもった空間の上の函数であり、カシミール作用素というリー群の対称性が遺伝した2階の微分作用素から構成される微分方程式の解となっているものです。この問いかけに対する最初の答えは、わたしを含む5 人のグループ(増田・三町・中神・野海・上野)とL.L.VaksmanとY.S.Soibelmanの二人組により与えられました。1988年のことです。SL(2) に対する量子群の球函数としてリトル q ヤコビ多項式という直交多項式の q 類似が実現されるという発見でした。これにより、奇しくも量子群のパラメータ q(これはプランク定数 h に対応)と、q 直交多項式の q とが同一視出来ることが示せ、19世紀以来の懸案であった q の幾何的な意味が明らかになったのです。

このときは表現の行列要素というものを計算しましたが、1 次式と2 次式の場合の計算ができただけで、これでほぼ間違いないと思えたほどでした。というのも、途中の計算は偉く複雑で、全くの視界不良状態でありながらも計算を進めると、最後の段階で殆ど神がかり的なキャンセレーションと因数分解が成立し、その予定調和的な係数の表示の美しさに、しばし茫然とする程だったからです。1988年の3月に入ってすぐの頃だったと思いますが、この感激は、いまでも思い出します。

その後は、おもに、野海正俊さん(立教大学教授・神戸大学名誉教授)との共同研究で、さまざまな量子等質空間を調べ、それまでに知られていたさまざまな q 直交多項式を量子等質空間上の球函数として次々に実現していきました。そして、 q 直交多項式の親玉ともいうべきアスキー・ウィルソン多項式を実現できた1991年ころ、一変数の直交多項式と量子等質空間との関係を明らかにするための研究は、ほぼ完成の域に達しました。これらの結果は、V. Chari とA. Pressley の教科書 “A Guide to Quantum Groups,” (Cambridge University Press, 1994)の第13章「量子等質空間」で詳しく解説されています。

さて、我々が量子群の表現論の研究を行っていた頃、多変数の特殊函数に関して、いくつかの事件が起こっていました。

G.HeckmanとE.Opdamが、対称空間上の球函数を一般化することにより、ルート系に対する超幾何函数および直交多項式という概念を提示した(1988) こと。統計学の分野で研究されたジャック多項式という多変数直交多項式(1970) の組合せ論的な研究をR.Stanleyが行った(1989) こと。I.G.Macdonald が、ジャック多項式の q 類似を含むような、ルート系に対応する直交多項式(これはのちほどマクドナルド多項式と呼ばれることになります)を導入し、さまざまな性質を調べることを開始した(1989頃)こと。I.M.Gelfandが超幾何函数の組織的理解を目指す研究を開始した(1986)こと。そして、1984年にBelavin-Polyakov-Zamolodchikovにより開始された共形場理論(ビラソロ代数の対称性を持つ2次元の場の理論の一種で、n 点相関函数が明示的に求めることができるという驚くべき性質をもつ)が発展し、n 点相関函数またはその片割れである共形ブロックと呼ばれる多変数多価解析函数とそれらがみたす解析的な偏微分方程式系であるKnizhnik-Zamolodchikov方程式(KZ 方程式)の研究が重要であることが分かってきたことなどです。Gelfandが1990年の春に初来日したおり、超幾何函数の研究の重要性を強調していたことも、大きな刺激になりました。

成田空港でGelfand 先生、上野喜三雄さんらと(『数学セミナー』1989年8月号より(撮影:高橋礼司先生))。

わたしは、名古屋大学の大学院に入学し、青本和彦先生に師事しました。青本先生は半単純リー群の球函数の研究を出発点として、超幾何函数や球函数を含む多価解析函数の研究のために局所系係数のホモロジー論やド・ラム理論を含む複素積分の理論(2年生の時に習う函数論の複素積分そのものを指すように聞こえるのが難点です。函数論の複素積分を徹底的に現代化して扱うという意味では、必ずしも誤った受け取り方ではないのですが、何か別の良い呼び名が欲しいところです)を創始されました。その先生の指導の下、入学直後はランダム行列の相関函数の研究を行いましたが、当初の予想が次々に崩れていくにしたがい、次第にやる気を失っていき、いつのまにか、ただ論文を読むことで一日が終わるという状態になっていました。そんな日々がある程度過ぎた秋ごろ、青本先生から、“q”の場合を本気でやってみたらどうかと勧められました。そのときは、神保先生の q の話も全く訳の分からないものという認識でしたが、青本先生が勧めてくれたのは、q で特殊函数をやるということだったので、これなら、日本では誰もやってないし、海外の研究者と全く異なる視点で実行すれば自分で切り拓ける場面があるかもしれないと思い、まずは、しばらくやってみようという気になりました。そして、実は、青本先生自身も、そのころから、独自の“q”へのアプローチを開始したところでしたので、毎週(だったか、2、3日おきだったか)、自分の計算結果を披露しあうというセミナーを二人で開始したのでした。ここで良かったのは、数学の出来上がるさまを直接眼で見ることができたということです。どんな立派な結果でも、まずは、素朴な小さな計算から始まります。そして、その計算は、未知のものであればあるほどたどたどしい。出来上がった数学しか学んでないと、そういう事すべてが消え去ったあとですから、いざ自分で数学を開始するときの戸惑いは大きいものになります。この点、先生が数学を作りあげていく過程を同時進行で報告してくれたことは有り難かったです。そして、これなら自分でも追いつけ追い越せるぞと思い、再び、数学への情熱は高まりました。

ということで、結局、q 差分系の理論と q 解析の融合を複素積分の立場から目指すという目標をたて、ポッホハンマー積分という多変数函数の q 類似のみたす q 差分系の接続問題を解いたものを修士論文として提出しました。そして、修士論文提出以降の量子群の球函数の研究がひと段落してから、ふたたび、積分表示された函数の研究に戻ってきたのです。

それからは、セルバーグ型積分により表示される多変数函数をこれでもかこれでもかというくらい良く調べています。最初は、この函数がみたすガウス・マニン系と呼ばれる解析的な微分方程式系の既約性・可約性を調べ、ある可約な状況において、BC型ルート系に対するHeckman-Opdamの超幾何函数が現れることを示しました(学位論文)。そして、これに続くのが、他のルート系に対する超幾何函数、KZ方程式・qKZ方程式とその解の研究、ジャック多項式やマクドナルド多項式などの多変数直交多項式の積分表示の発見、それを用いたさまざまな応用の研究。たとえば、ビラソロ代数の特異ベクトルをジャック多項式で表すなどといったこともありました(「ヤング図形と直交多項式-ヴィラソロ代数とジャック多項式」、数理科学、2007年1月号、サイエンス社)。

2000年以降は、その研究対象をおもにそのホモロジーの構造に集中しました。トポロジーにまつわる難しさと本気で取り組む時期が来たと思ったからです。そして、組み紐群や岩堀・ヘッケ代数の表現をセルバーグ型積分に付随するホモロジー空間上で実現したことを契機に、ねじれホモロジーに対する交叉数を利用しての2次元共形場理論における物理的相関函数の係数の導出、リンク不変量であるジョーンズ多項式の定式化、そして、一般化超幾何函数やシンプソンの超幾何微分方程式や共形場理論の共形ブロックなどにおける接続問題を解決することができました。最近は、多変数の古典的超幾何微分方程式やルート系に付随する超幾何微分方程式の解に付随する接続問題,共形ブロックに関するモノドロミー表現の既約性条件の決定となどを研究を行っています。

数学は、自分で納得できるまで考えられるのが良いところです。そして、自分の言葉で納得できるまで、とことん考え抜いてください。一度分かったと思っても、つぎの段階の理解には、まだ不十分であることが殆どです。ちょっとやそっとでわかるものなど、底が浅いだけです。本物は、常に、深いもの。ですから、その正体を掴むためには膨大な努力と時間が必要です。今の時代、ここまで深い内容を何の制限もなしに自由に触れられることは珍しいかもしれません。だからこそ、数学と真摯に向き合って欲しいと思います。もしも、数学の深みに触れたければ、どうぞ、本専攻の門を叩いてみてください。そこには、きっと素晴らしい未来が待っていることでしょう。

大学院の学生たちと

略歴

  • 1988年11月 名古屋大学理学部数学科助手
  • 1992年 7月 九州大学理学部数学科助教授
  • 1994年 4月 改組のため九州大学大学院数理学研究科に配置転換
  • 2000年 4月 改組のため九州大学大学院数理学研究院に配置転換<
  • 2000年10月 東京工業大学大学院理工学研究科教授
  • 2014年 4月 大阪大学大学院情報科学研究科教授

連絡先

4ケタの電話番号は、大阪大学での内線番号です。
メールアドレスは、末尾の"osaka-u.ac.jp"が省略されていますので、送信前に"osaka-u.ac.jp"を付加してください。

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