和田 昌昭

離散幾何学講座

Wada Masaaki

離散幾何学講座

教授 和田 昌昭 Wada Masaaki

離散幾何学講座 和田 昌昭専門は何々です、というのが普通だと思うけれど、いろんなテーマを気ままに研究してきたので専門を聞かれると困ってしまう。
最近は、専門は数理情報学です、と言うことにしている。
自己紹介代わりにこれまで研究してきたテーマを順に挙げることにしよう。

3次元球面上の非特異モース・スメール流

大阪大学理学部数学科の4回生のゼミでは力学系の勉強をした。それと並行して、同級生の小林毅君のゼミにも出席させてもらい、そちらでは低次元トポロジーを学んだ。大学院に進学し2年の夏に書いた修士論文では、3次元球面上の非特異モース・スメール流の周期軌道として現れる絡み目のタイプを決定した。

ところが、その論文の出版に関して大きな挫折を味わった。定理は良い結果だと思えたし、学会発表の反応も上々だったので、トポロジー分野で権威のある雑誌に論文を投稿したのだが、次々とリジェクトされるという目に遭った。何度も書き直して、やっとの思いでその論文が出版されたのは、定理を証明してから7年後のことだった。

M. Wada: Closed orbits of non-singular Morse-Smale flows on SS, J. Math. Soc. Japan, Vol.41(1989)No.3, 405-413.

研究者を目指す者にとって最初の論文が7年も世に出ないことの影響は大きい。発表論文がないと就職も思うようにならないし、何よりもそのことで自分自身の数学界に対する素朴な信頼感が失われてしまった。

この論文は、出版後 10年ほどしてから急に引用され始め、今でも引用が続いている。数学界の反応は非常に遅いけれどそれほど捨てたものでもないかもしれない、と思い直している。

双曲空間の合同変換の共役不変量

博士後期課程の時に、コロンビア大学に留学させてもらえることになった。学部4回生のときに広中平祐氏が始めた夏期セミナーに参加していたのだが、それがきっかけで、今度は始まったばかりの数理科学振興会奨学生に推薦してもらえたのだった。僕にとっては突然天から降ってきたような話だった。

コロンビア大学では双曲空間の合同変換の研究をした。PSL(2, R)が双曲平面の、PSL(2, C)が3次元双曲空間の、向きを保つ合同変換の群を表すことはよく知られているが、より一般に、クリフォード数係数2×2行列を用いて n次元双曲空間の合同変換を表すことができる。2~3次元においては行列のトレースを用いて合同変換の共役分類ができるが、高次元でトレースに対応する共役不変量を書き下せ、という Ahlfors が出した問題に興味を持って取り組んだ。それを完全に解決して、1986年に学位を取得して帰国した。

M. Wada: Conjugacy invariants of Mobius transformations, Complex Variables, Vol.15(1990), 125-133.

結び目理論

一旦は帰国したものの日本での就職はうまくいかず、1年後アメリカに戻ってペンシルバニア大学に就職した。ペンシルバニア大学では微分幾何学の勉強を始め、2年目には大学院向けにスピン幾何学の講義までしたが、始めたばかりの微分幾何学では論文が書けず、けっきょく昔からやっていた結び目理論の研究に切り替えた。

そのころに書いた2つの論文が、結び目理論に関する主要業績になっている。とくに、ねじれアレキサンダー多項式は、多くの後続研究を生み出すことになった。

OPTiのスクリーンショット

M. Wada: Group invariants of links, Topology, Vol.31(1992)No.2, 399-406.
M. Wada: Twisted Alexander polynomial for fnitely presentable groups, Topology, Vol.33(1994)No. 2, 241-256.

OPTi

1992年に、奈良女子大学理学部情報科学科に就職することになり帰国した。僕ほど研究テーマをころころ変える人も少ないのではないかと思うが、情報科学科に移ったことで、ますます自由に研究できるようになった。5年目の1996年は僕にとって大きな節目の年になった。

そのころ、EpsteinとPennerによって定義された双曲的多様体の標準分解に興味を持っていた。双曲的2橋結び目補空間の場合に、その標準分解がどうなるかを考え始めたところ、当時大阪大学理学部にいた作間誠氏が同じ問題を考えていることがわかり、同僚の山下靖氏らも誘って共同研究を始めた。作間氏が興味を持っていたJorgensen の難解な論文を読み始めたが、内容の数学的理解は作間氏らに任せて、僕は書かれていることを直感的に理解できるようにするためのコンピュータプログラムを作ることにした。プログラミングは学生時代からずっと趣味でやっていたから得意だった。

作ったプログラムに極限集合を表示する機能などを追加して、 OPTiという名前をつけて公開したところ、多くの研究者が使ってくれるようになった (図1)。OPTiを使って定理が証明できるわけではないけれど、 OPTiによって得られたインスピレーションから新しい数学の定理が生み出されるということも起きるようになり、これはもうOPTi自体を数学の業績として認めてくれてもいいんじゃないかと思った。

作間氏らとの共同研究の成果は次の本にまとめられている。

H. Akiyoshi, M. Sakuma, M. Wada, Y. Yamashita: Punctured Torus Groups and 2-Bridge Knot Groups I, Lec. Notes in Math. 1909, Springer( 2007).

Schwarz微分

学位論文で計算しまくってせっかく使い慣れたクリフォード数を何かに使えないかと考えるのだが、思いつくことはことごとくAhlforsが先に手を付けていた。ユークリッド空間のSchwarz微分に関しても Ahlforsが先に定義していたが、メビウス変換に対してSchwarz微分が消えることを先に示したのは僕だった。そのAhlforsが亡くなったのも1996年だ。

高次元ユークリッド空間の変換に対してSchwarz微分がうまく定義できることを、当時同じ大学にいた微分幾何学の小林治氏に話すと、大変興味を持ってくれた。しばらくすると、驚いたことに、僕の定義式にスカラー曲率の補正項がついて、リーマン多様体に拡張されていた。そうして小林氏との共同研究が始まった。ペンシルバニア大学時代に微分幾何学の勉強をしたことが意外なところで役に立った。とは言え、僕のほうは小林氏が次々と繰り出す計算を理解するだけでせいいっぱいだった。

リーマン多様体上のSchwarz微分の定義と基本的性質が明らかになったところで、気の効いた応用が欲しいという話になり、 Nehariの単射性定理の拡張をやろうということになった。ユークリッド空間の話ならば僕の出番だ。このときに証明した定理は、2次元に限っても非常に興味深いものだと思っている。

定理 f :R→C を複素平面上の3回連続的微分可能な曲線で、OPTiのスクリーンショットとする。
このとき、f のSchwarz微分

OPTiのスクリーンショット

の実部がすべての t∈R に対して ReSf(t)<0 をみたすならば、f は単射である。

2年以上かけた小林氏との共同研究の成果をまとめた論文は、新しい数学的概念を提起しその応用まで示した深い内容だと自負しているが、なぜか一流学術誌には次々と採録拒否され、かろうじて以下に掲載された。真に新しいものは受け入れられないような気がしてならない。

O. Kobayashi and M. Wada: Circular geometry and the Schwarzian, Far East J. Math. Sci., Special Volume (2000), Part III (Geometry and Topology), 335-363.

DeltaViewer

1996年ごろ、僕は数学の研究と並行して脳研究も始めていた。脳については学生時代から興味を持っていたけれど、本を読んで得られる知識は断片的で満足できるものではなかった。この際、やりたいことは何でもやろうと思い、本気で脳研究を始めたのだった。脳に関係ある研究をしている学内研究者を集めて「脳セミナー」を主催したり、いろんな学会に出かけて行っては人の話を聞いたりしたが、自分が提供できるものは何かと考えると数学とプログラミングしかなかった。

そこで、そのころ僕のゼミで大学院に進学した杉浦さんと相談して、脳研究者が手軽に使えるフリーの3次元画像処理プログラムを作ることにした。画像ファイルの入出力からグラフィクスプログラミングまですべて一から手づくりで始めたので、試作品が完成するまでに2年かかった。3年目にはプログラムの機能拡張も進み、プログラムを公開したところ共同研究を申し出てくれる人も現れた。日本バイオイメージング学会で発表したところ、 2003年、 2004年と連続でベストイメージ晝馬賞をいただいた。おかげで脳研究も楽しく続けさせてもらっている。

DeltaViewerプロジェクトのホームページ

反復関数系の極限集合

2009年に大阪大学に戻り、現在いる情報科学研究科に移ることになった。その最初の年の4回生ゼミにやってきた学生の一人である下村君が修士課程に進学してフラクタルの研究がしたいというので、反復関数系の研究につき合うことになった。力学系やクライン群と同じようなものだろうと思っていたが、始めてみると基本的な問題が未解決のまま山積みの印象だった。

反復関数系の基本的不変量の一つにハウスドルフ次元というものがある。そんな百年も前に定義されたような量なんてすでに研究し尽くされているのかと思いきや、実際にはわからないことだらけで、ハウスドルフ次元が計算できているのは相似変換で定義されたフラクタルのようなほんの一部の図形しかない。その代表例が有名なカントール集合C(1/3, 1/3)で、そのハウスドルフ次元は

OPTiのスクリーンショット

である。カントール集合を定義する2つの相似変換の一方、あるいは両方を、放物型メビウス変換に換えてみるとハウスドルフ次元はもう全然わからなくなってしまうのだった。(図3)

カントーる集合C(1/3, 1/3) 上、単放物型カントーる集合SPC(1/3, 1/3) 中、複放物型カントール集合DPC(1/3, 1/3) 下

しかし、下村君が次々と文献を読んで紹介してくれるおかげで糸口がつかめて、二人共同でハウスドルフ次元の上からの非自明な評価を与えることができた。その後下村君が自力で下からの非自明な評価も与え、今では

0.6747<dimH(SPC(1/3, 1/3))<0.7342

ということがわかっている。下村君は博士課程に進学し、研究技術を身につけながら次々と新しい課題に向かっている。頼もしい限りだ。

おわりに

自分自身の研究がこんな具合だから、学生の研究をどう指導すればいいのかはいつも悩む。学生自身が自分のやりたいことをみつけて自分のやりたいように思う存分やればよくて、こちらはその邪魔をしないように見守っていればいいのかなと思ったりもする。先生なんて関係ないよ、世界を相手に一つ力試ししてやろうじゃないの、という気骨のある学生が現れることを期待している。

略歴

  • 1987年9月 University of Pennsylvania, Assistant Professor
  • 1991年7月 Case Western Reserve University, Visiting Assistant Professor
  • 1992年6月 奈良女子大学 理学部情報科学科 講師
  • 1994年4月 奈良女子大学 理学部情報科学科 助教授
  • 1999年3月 奈良女子大学 理学部情報科学科 教授
  • 2009年4月 大阪大学大学院 情報科学研究科 教授

連絡先

4ケタの電話番号は、大阪大学での内線番号です。豊と表記されたものは(市外局番 06)6850、吹と表記されたものは(市外局番 06)6879 に続けてダイアルすることで大阪大学外からもダイアルインでかけることができます。 ただし,吹(内線)と表記されたものは,大代表(06)6879-5111にかけてください
メールアドレスは、末尾の”osaka-u.ac.jp”が省略されていますので、送信前に”osaka-u.ac.jp”を付加してください。

ページのトップへ戻る